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2025年9月20日
わたしの教会ストーリー 023 菅野友里恵さん 「音楽と書道」

わたしの教会ストーリー 023
菅野 友里恵(かんの ゆりえ)さん
「 音楽と書道 」
私は、結婚して、娘が与えられましたが、主人は、娘を大切に育ててくれて、大学まで一貫して教育してくれる学校に入れたいと、関東学院六浦幼稚園の年少クラスから娘を入園させました。私の実の姉は、私学に入れると弱く育つので公立で揉まれて育てるようにとの考えでしたが、私の夫と夫の実家は、関東学院に入れることを勧めてくれていました。私も、キリスト教には良い印象を持っていました。私が育った時代、道徳の科目があり、宗教は、倫理と道徳を合わせて学べて身に付けられるので、人格形成の点で良いと思っていました。私は、小学校1年から書道を習っていました。書道の先生は女性で、鎌倉の長谷寺で写経をして奉納をされている方でした。私は高校の時から書道界に入りましたが、書道界には仏教だけでなく、キリスト教を信じる方もいました。当時宗教は、日本では偏見を持たれていたのですが、私は、道徳の時間が好きでした。また、書道と音楽が好きでしたが、家でいつでも練習できるのは書道でした。中学の音楽の先生からは、ドイツ語の八音階を教えていただき、あらゆる楽器、クラッシック分野の交響曲を、当時、レコードで聴かせてくれました。
娘の幼稚園への通園には、保護者の送り迎えが必要でした。娘を送迎しつつ私は、保護者でつくるコーラス部に入りました。幼稚園のこども達のお誕生日会の時にコーラスを歌ったり、幼稚園のクリスマス礼拝では、コーラス部を中心とした聖歌隊として歌いました。ママさんコーラスの他に、月曜日には保護者のためのバイブルクラスにも参加しました。これが、私がキリスト教と接した最初です。
ある時、娘のバッグの中に、関東学院聖歌隊(※1)募集のチラシが入っていました。私は関東学院聖歌隊に入り、好きな音楽、ヘンデル作曲のメサイアを歌い始めました。やがて、関東学院聖歌隊を指導してくださっていた村上顕先生(※2)が定年退職されました。後任の先生が就かれましたが早期に辞任されました。関東学院聖歌隊は学院聖歌隊と呼ばれていますが、指導者がいなくなった中、学院聖歌隊のメンバー一人一人に、これからどうしたいかの意見を聞かれました。私は、ヘンデルのメサイアを歌い続けたいと言ったことを覚えています。その時に、同じ学院聖歌隊に入られていた関東学院教会松田和憲牧師のお連れ合いである松田真智子さんに、関東学院教会に聖歌隊があるかどうかをお聞きしました。
関東学院聖歌隊に所属して歌っていることはわたしにとって大きな恵みです。当時、みなとみらい大ホールの第2部で歌ったこともありました。関東学院聖歌隊は、ほとんどがクリスチャンでした。その中で、ソプラノ3人がクリスチャンではなく普通の仏教の考えを持っていました。その状態でメサイアを歌い続けると何かが違うと感じました。自宅近くの久里浜の教会に行きましたが、そこに聖歌隊はありませんでした。
関東学院教会に行き始めて、学院聖歌隊と、教会聖歌隊との間に気持ちの壁を感じました。クリスチャンとは何なのだろう。ベースが仏教とキリスト教と違う上に、私はまだ、確信を得られず求道中でした。私は、バプテスマを受ける決心をしました。それは、バプテスマを受ければ、キリスト教を深く理解できるのではないか。メサイアをより深く歌えるのではないか?と考えていました。バプテスマの決心は、当時感じていた気持ちの壁の奥に行きたかったからです。2012年7月29日、関東学院教会の大学チャペルで、関東学院教会の松田和憲牧師の司式のもと、一人、信仰告白をし、バプテスマを受けました。
バプテスマを受けて、変わったと感じることがあります。一つは、以前から般若心経の写経をしていましたが、これは、小さな字の筆の習字のために最適なのでバプテスマ後も続けていました。以前は、写経の時の心の状態は、真っ暗な無我の境地でしたが、バプテスマを受けてからは、心に光が見えました。また、学院聖歌隊でヘンデルのメサイアを歌っている時、歌詞を深く理解して歌えるようになりました。ヘンデルのメサイアは、イエス・キリストの生涯を歌っていて、一部はメシア(救い主)到来の預言と誕生、二部はメシアの受難と復活、三部はメシアによる救いと永遠の命、の構成なのですが、これは、まさに、聖書ではないか!! と気づきました。

追浜チャペルにて 教会聖歌隊での特別賛美(右から二人目が菅野さん)

2024年12月 クリスマス主日礼拝にて 聖歌隊賛美奉仕(一番左が菅野さん)
私は、関東学院教会に行き始めて最初から、教会の聖歌隊に入りました。また、数年前から、前任者のリタイアを受け、教会の掲示板に張り出すため模造紙に礼拝の説教題を筆で書く奉仕をさせていただいています。私は、「書家」ですので、この説教題目の作成が本業です。

(追浜チャペルで、次週礼拝予告掲示の看板を作成)
現在神様は、私の好きな音楽と書道の賜物を用いてくださっています。ただ、私の歩んできた道を振り返りますと、神様は私に、試練もお与えになりました。私は、大学卒業後、食品会社に入社し、7年半勤め結婚しましたが、事情があって離婚を経験しました。そのことが原因で精神的に病むことになりました。ちょうどその時期、学院聖歌隊は夏休みで、精神的な苦しみを吐き出すことができず苦しい時間を過ごしました。その後症状は一時非常に悪化した時期がありましたが、神様は、苦しい状況の中でも私を守ってくださり、幸いなことに病も完治させてくださいました。私は、5年位前から、母がかつて設立した菅野製作所で母の後を継いで、働いています。
皆様にお伝えしたいことがあります。あなたの人生、どうか、明るく、楽しく、送ってください。でも、時に、そう出来ない時もあると思います。そんな時には、どうか、教会の門をくぐってみてください。教会には、慰めと癒しがあります。どんな状態のあなたでも、そのままで良いのですよ。背負っている荷物を降ろしなさい、というひと時が、教会にはあります。どなたでも、どうぞ、来てみてください。
イエス・キリストのことば
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
(マタイによる福音書11章28節)
インタビュアー 髙橋彰、森田信義
※1)関東学院聖歌隊…関東学院の卒業生、保護者、元教職員など、学院に関わりを持った方がたの有志が参加して活動を続けている合唱団です。村上顕先生が立ち上げられ、指導をされました。現在は関東学院中高音楽科教諭の鷹巣誠一先生が指揮者を担われています。
※2)村上顕(むらかみ あきら)先生…日本バプテスト同盟教師として、また音楽の教員、指導者として貴いお働きをされ、関東学院女子短期大学、関東学院大学で奉職され、宗教主任、学院理事もつとめとめられました。関東学院聖歌隊を立ち上げ指導されました。引退後は出身の花巻を拠点に過ごされました。2017年12月31日召天。享年77。











