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2025年1月1日

わたしの教会ストーリー 019 照沼欣子さん 「キリスト教と私」

わたしの教会ストーリー 019

照沼 欣子(てるぬま よしこ)さん

「 キリスト教 と 私 」

 このたび、このような機会を頂いて、少し、とまどいはありましたが、自分を顧みることができましたことは、大変感謝でした。そして私は、二人の子供達によって、キリスト教を知り、学び、皆様に助けていただきながら、今日に至っていることを改めて知ることができました。

私は、キリスト教とは全く関わりのない中でずっと過ごしてきました。それなのに40年以上もこの教会のお世話になっていることが、とても不思議な気持ちです。

それは、1974年4月、長女が逗子の聖和幼稚園に入園したことからです。当時、六浦の団地に住んでおり、団地の前までバスの送り迎えがあって、ご近所のお友達も殆どが通われていましたので、自然の流れだったかと思います。幼稚園の教室に「主の祈り」が貼られていて、皆で読んでいることは、長女から聞いておりました。その当時は、私自身、意味もよく判らず、「キリスト教には、こういうお祈りもあるのかな」と思う位でした。

そして、長女が年長になってすぐに、私の実家の事情で母が一人になり、一緒に暮らすことになって、現在の追浜の地に引っ越してきました。それから長女の卒業まで毎朝、六浦まで車で送り迎えしました。秋になった頃、内川橋の所で「関東学院六浦小学校児童募集」の看板をみました。引っ越しによって子供たちも環境が変わり、近所にお友達もなくいつも姉弟で遊んでいました。関東学院六浦小学校は歩いて通える距離でしたし、何よりこの2年間のキリスト教教育が続けられたら、勉強だけでなく心に残る教育が受けられるのでは、との思いで受験し、入学することになりました。これが関東学院とのおつき合いの始まりでした。

長女の1・2年の担任は白根清子先生(白根新治牧師の奥様)(※1)でした。初めての保護者会で皆様と讃美歌を歌ったことは、とても新鮮でした。そして入って間もなく、長女は詩編23編を暗唱する宿題が出たとかで一生懸命くり返すのを聞いて、美しい詩を聴いている様でした。これがキリスト教なのかな? と感じたことを覚えています。

長女が2年生になり、長男は関東学院幼稚園に入園させて頂きました。この時、入園のお祝いとして新約聖書をいただきました。これが私にとって初めての聖書でした。

関東学院幼稚園は、長女の時と違って「遊ぶ」ことが一番大切という方針で殆ど教材もなく、慣れてくると本当に楽しそうに通う様になりました。私も気持的に余裕が出て、二人の子供の学んでいる聖書について少しでも知りたいとの思いがありましたので、バイブルクラスに入れていただきました。主任の内海ふみこ先生から教えていただく週1回の集まりでした。先生は「判らなくとも、読んでいるうちに判ってきますよ、とおっしゃって、マタイによる福音書から少しずつ進んでいきました。しかしながら、間もなく先生はご病気で長期入院されることとなり、広井修園長が大島良雄先生(※2)をバイブルクラスのためにお呼びくださいました。これが大島先生との出会いでした。少しずつ、判りかけてきた時であり、他のメンバーの方たちも、大島先生のお話に引き込まれていく感じであった様に思います。内海先生は、3年近く入院されて、50代の若さで召天されました。いつも聖書を離さず、最後まで信仰を示してくださいました。

長男が幼稚園を卒業する頃かと思いますが、大島先生から、関東学院教会のことを伺い、バイブルクラスのメンバーの方とご一緒に時々、行くようになり、加納政弘先生(※3)とも、初めてお会いしました。しかし、我が家では、日曜日だけが家族のそろう日で、毎週、礼拝に出席することは、とても大変でした。そのことは、ずっと続いたように思います。それでも、日曜日以外に、田上澄子先生(※4)のお宅の家庭集会で、加納先生から旧約も含めて、まだ知らなかった聖書の世界を学べたことは本当に感謝でした。

 

私は、ずっと以前から、人との関わりについて、難しいと思えることが、ありました。私自身の未熟さはむろんありますが、突然、思いがけない言葉を投げかけられたり、非難されたりすることがありました。人は各々考え方の違いはありますが、言葉はその時の感情を伴って出てくる様に思います。その辺りを判っているつもりでも、やはり心は痛みます。そんなことで思い悩むことがありましたので、自分の考え方や生き方の基準を求めていたのだと思います。

そんな私に新約聖書の「ローマの信徒への手紙」がごく自然に入ってきました。これからの「心の持ち方」を示された気持になりました。この時初めて「バプテスマ(洗礼)」への思いが起こり、大島先生にお話しし、加納先生のご指導を頂き、1980年9月、バプテスマを受けました。他人からどの様な言葉を投げかけられようと、全て神さまにお任せしよう。「正しい者はいない。一人もいない。」(ローマの信徒への手紙3章10節)と自戒を込めて受けさせて頂きました。

 

バプテスマを受けさせていただいたものの、やはり、教会でのご奉仕は全くできず、礼拝そのものも毎週出席することもできなくて、悩みながらの日々でしたが、日曜日以外なら出られるということでお声がかかり、関東学院教会も繋がっている日本バプテスト同盟の関東部会で2年間、ご主人の介護に入られた根本登美子姉(※5)(教会では女性の信徒に姉を付けて呼ぶことがあります)の代わりということで書記のお役を頂き、今まで全く知らなかった他の教会を知る機会が与えられ、多くのことを学ばせていただけたことは感謝でした。

それから、1989年4月より、当時、関東学院大学内にあった日本バプテスト同盟の宣教研修所(※6)で約8年余、非常勤のスタッフとして益巖先生(※7)のお手伝いをさせていただいたことは、週1回ではありましたが、本当に知らないことばかりで、たくさんのことを学ばせていただきました。戸塚に日本バプテスト神学校が出来るまで、多くの先生方の真摯なご指導と真剣に取り組まれる学生の方々を近くで拝見できたことは忘れられません。何も判らない者でしたが、益先生のお人柄に助けられて、何とか続けることができたと思っています。そして後から会計のために霞ヶ丘教会の岩井良子姉(※8)が助けてくださる様になって、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。

 

長女の小学校入学から始まった関東学院とのおつき合いは、本人の意志もあり、残念ながら、長女は小学校だけでしたが、本当に恵まれた小学校生活であったと感謝です。長男は、幼稚園から高校までの14年間を過ごさせていただき、多くの先生方のお世話になり、成長させていただきました。私だけがこうして残り、多分ずっと、学ばせていただくことと思います。

専業主婦として50年以上となり、人との関係に悩み、迷ったりしたことはありましたが、大きな病気もせず、家族にも恵まれて、子育ては終わりました。その後の母の介護の間も、大島先生には大変お世話になりました。佐々木昭子先生や瀬戸川照子姉、そして北見弥生姉や細川定子姉からも(※9)、たくさんの励ましをいただき、宣教師のジュディス・ディローフ先生にも、ずっとお祈りをしていただき、10年間を何とか乗り切ることができました事は感謝という言葉だけでは言い表せません。全て上からによるものと信じております。

今、こうして年令を重ねて、体力の衰えを感じ、日々、夫と体調を確認しつつも、心に平安のいただけることが、何よりの恵みと思い、感謝しております。最後に、私にとって教会は、学びの場であり、心の平安をいただける所、困難な時に祈り合う場所、もちろん幸せを共に喜び合う場でもあります。

聖書は神さまの言葉を伝えてくれる書物です。

何がきっかけになるか判りませんが、その道筋は神さまが決めて下さることを信じて、これからも全てをお任せし、学び続けていきたいと思います。

 

1)白根新治(しらねしんじ)牧師…金沢文庫教会牧師、また関東学院六浦中学校高等学校でも宗教主任として奉職。お連れ合いの白根清子(しらねきよこ)先生は関東学院六浦小学校の教員として奉職。

2)大島良雄(おおしまよしお)師…関東学院大学宗教主任、関東学院教会協力牧師として奉職。「わたしの教会ストーリー」016をご覧ください。

3)加納政弘(かのうまさひろ)師…関東学院大学教員を経て、関東学院教会牧師として奉職。

4)田上澄子(たがみすみこ)師…関東学院教会で働かれた後、現在、日光新生教会牧師。

5)根本登美子(ねもととみこ)さん。関東学院教会信徒。教会の女性会、関東部会の女性会でも奉仕されました。

6)宣教研修所(せんきょうけんしゅうじょ)…1973年3月に関東学院大学が神学部を廃止した後、日本バプテスト同盟が伝道者養成のために開所した機関。1974年に開講し、関東学院大学の神学館、チャペルの場所を借りて教育が行われていた。1997年10月に戸塚に校舎が建ち日本バプテスト神学校」として設立されて移転した。

7)益巖(ますいわお)師…宣教研修所主事、日本バプテスト神学校教授、校長として奉職。現在、大師新生教会牧師。

8)岩井良子(いわいよしこ)さん…霞ヶ丘教会信徒。

9)教会で親しく交わりを持たれた方がた

・佐々木昭子(ささきあきこ)さん、関東学院教会員。関東学院幼稚園、六浦幼稚園、関東学院女子短期大学でも奉職。

・瀬戸川照子(せとがわてるこ)さん、関東学院教会員。

・北見弥生(きたみやよい)さん、関東学院教会員。頌栄保育福祉専門学校、関東学院女子短期大学でも奉職。

・細川定子(ほそかわさだこ)さん、関東学院教会員。「わたしの教会ストーリー」014をご覧ください。

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