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牧師 髙橋彰から、あなたの心に届けたい、心に響くことば。

「きずな」 関東学院教会牧師 髙橋 彰

牧師室から / 2021年3月30日

あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、 慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。

(コロサイの信徒への手紙3章12ー15節)

 関東学院大学で学ばれるみなさん、こんにちは。お一人お一人はいろいろな事情や 決断でこの大学で学ぶことになったことでしょう。しかし聖書では「あなたがたは 神に特別に選ばれて今ここにいる、幸いな人たちです」と言っています(ヨハネによる福音書15章16節)。そして関東学院はその聖書の言葉と、聖書が伝えるイエス・キリストという方の教えや生き方、キリスト教を土台にして設立された学校です。学院で行われるすべての教育や活動の土台になっているということです。みなさんは神に特別に招かれてこの大学で学ばれることになったのです。どうぞ、キリスト教にもぜひ親しみや興味を持ってくださったらうれしいです。

 金沢八景キャンパスは昔は「六浦校地」と呼ばれていました。現在はキャンパスの中央にチャペルが建っています。そこでは平日には学生向けのチャペル礼拝や音楽コンサートが行われています。さまざまな教室や設備があるキャンパスを人間の体にたとえるならば、チャペルは「ハート、心」の部分と言えるのではないかと思います。感じることや、思うことを担う部分です。人の考えや行動にはハートが大切です。学問をする上でも、研究することは、どんな意味を持っているのか、どんな思いで、誰の何のためになってゆくのかということを考えるのが「心」の部分ではないかと思います。チャペルでは日曜日は関東学院教会の礼拝が行われています。教会は 1946年2月、日本が戦争に負けてまだ半年の頃、学院が六浦校地を取得して教育を再開する時から、学院に関わる人たちを中心に、校舎で礼拝を始めました。今年で 73 年目です。

 戦後、「六浦校地」の土地を取得するために、アメリカのバプテスト派の教会の多くの人びとからの献金が関東学院のために送られました。「日本とアメリカは 戦争で敵となって戦ってしまった。しかし和解して、平和の関係を築いてゆきましょう。日本の若い人たちの教育のために応援しましょう」と。その支援を受けて関東学院は大学を開設してゆきます。六浦校地はかつては海軍の兵隊が養成され訓練される施設でした。その敷地が、和解と平和のために働く人たちを教え育てる学校になりました。人と人の和解と平和を願う祈りが具体的に教育の支援という形で表されて、その協力で得られた土地で、関東学院は学問、教育を営んでいます。そう思ったら、どうでしょうか。みなさんがこの大学で行う学問、研究、その他さまざまな活動が、このキャンパスの土台になっている祈りや思いにつながるような、人と人を結び、平和を実現するようなキャンパスライフを過ごされるようにと願っています。

 教会は毎週日曜日(キリスト教では日曜日が一週間の初めの日です)の午前中に、静かなキャンパスの中央で礼拝を行い、和解と平和の祈りを続けています。そして聖書の教えの言葉を、一つの思想とか考え方とかというように見るだけでなく、聖書の言葉に自分も心を動かされて、その言葉のように生きてみようとする人びとの集まりです。また、関東学院で学ぶ皆さんのために祈り続けている教会です。70年以上、学院につながる多くの人たちが教会にも来られて、素晴らしい出会いや発見をしてきました。興味を持たれた方はぜひ教会にいらしてくださるとうれしいです。あなたの来会を歓迎します。

 最近では多くの方がSNSを使って、入学前から友達やサークルなどの出会いを探してつながりを作ろうとしています。関東学院教会もTwitterをやっています。見てくださったら嬉しいです。宗教というとわからない、あやしいという印象を持たれるかもしれません。しかし人は皆、宗教的な一面を持ち合わせています。宗教は 英語ではReligionです。Re は「再び、もう一度」という意味を持つ接頭語です。それにラテン語のLigare(つなぐ)という意味の言葉が合わさった言葉です。「自分がどんな人と、またはどんな生き方や考え方とつながっていこうか」を大切に考えて、それをしていくことが「宗教的」なことなのですと言われたら、少し身近なことに感じられるのではないでしょうか。

 今日の聖書の言葉の中に「きずな」という言葉が出てきます。「愛はすべてを完成させるきずなです。」きずなとは「一緒に縛る」という意味があります。縛りつけられるというと窮屈にも思えます。でもそれが、ひとりぼっちにはしないとか、どこかへ流されて行ってしまわないように、しっかりとつながっている誰かがいる、何か支えがあるということならば安心や希望にも思えます。二人三脚は足を結ぶことで力を合わせて共に前に進んでいきます。愛とはそのようにわたしたちをしっかりと神に結び、人と人とをも結び合わせるものだと教えます。見えない神さまがどうやってわたしとつながるのかというと、イエス・キリストという方がこの世に来られ、わたしたち人間と一緒になって生きて歩まれたのです。わたしたちはその方を知ることを通して、どうやって愛や平和のきずなを結んでゆくかを知ることができると聖書は伝えています。

 神に特別に招かれてこの学院で学ばれる皆さんが、聖書の言葉を通して、愛のきずなを知り、結ばれてゆかれますように。また関東学院での大学生活でみなさんが素晴らしい出会いをされ、貴い「きずな」を結ばれて行かれますように、心からお祈りしています。

関東学院教会牧師 髙橋 彰

出典/2019年5月21日 関東学院大学金沢文庫キャンパスにて、大学生のための礼拝でのメッセージ『オリーブの樹 関東学院大学メッセージ・感想文集2020』p.22~24 より転載 

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