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牧師 髙橋彰から、あなたの心に届けたい、心に響くことば。

メッセージ 「主の祈り」 大島良雄師

礼拝メッセージ / 2021年9月12日

「主の祈り」

関東学院教会 大島良雄

 マタイによる福音書5章~7章にイエスの重要な教えが述べられており、そこに「主の祈り」として教会の礼拝の時に捧げている祈りについての記述があります。重要な祈りなので礼拝のたびごとに祈るので、慣習化し、軽視される傾向もあるのでその意義を再確認する必要があると思います。

イエスが祈りについて教えられた当時のユダヤでは神殿や会堂で立って、手を挙げ人々の前で祈る習慣がありました。また現在私共の教会では礼拝の中で会衆が「主の祈り」を共に祈っています。それはマタイによる福音書6章9節以下の「主の祈り」についての導入句(マタイ6:5-8)には人前を避けて自室で秘かに祈れとあるのと相違し、また神は祈り願う前から、あなたに必要なものをご存じである、と述べているにも関わらず祈るのは何故という疑問もありますが、その教えの重要さを強調し、確認させる為に礼拝中に会衆が共に祈るのが慣例になっています。

今回は「主の祈り」の教えの中で私の心を最も強く打った一句「わたしたちに必要な糧を今日与えてください。」について学びたいと思います。この祈りは私にとって欠くことの出来ない祈りです。私にして下さいという願いではなく、助けを必要とする人々の為に私に働かせて下さいという祈りです。その為には「わたしたち」が住む世界の状況を知り、対処の方法を考察することが必要です。

2001年に「世界がもし100人の村だったら」という冊子が出版されました。私たち63億の人(本書出版当時)が住まう世界を100人に縮めて考察したものです。52人が女性、48人が男性、30人が子供、70人が大人、その内7人が年寄り、70名が有色人種で30名が白人です。33人がキリスト教、19人がイスラム教、13人がヒンドゥー教、6人が仏教を信じています。5人は霊魂があると信じています。24人は何らかの宗教を信じているか、或いは何も信じていません。村人のうち20人は栄養不良、1人は死にそうで15名は太りすぎです。すべての富のうち6人が58%を持っていてみんなアメリカ合衆国の人です。74人が39%を、20人がたった2%を分け合っています。75人は食べ物の蓄えがあり雨露をしのぐところがあります。でも後の25人はそうではありません。17人は安全な水を飲めません。村人のうち1人が大学の教育を受け2人がコンピューター持っていますが14人は文字が読めません。などと詳しく世界の現状を述べ、私たちの生活が守られるために祈る必要を訴えています。

イエスは「善いサマリア人」(ルカ10:25―37)の話で神と隣人を愛することがキリスト教の本質であると、神を愛すると共に他者の生活に関心を持ち、その生活が豊かになるために我々が心がけるよう勧めておられます。

しかしそれは神の助けなくしては出来ません。それゆえこの祈りは神の名を崇め、その御力を借りる信仰に基づく祈りから始めるように教えています。神の存在は理性的に信仰できるものではなくアダムが創られた時、その鼻に吹き込まれた命の息(霊)によるしかありません。哲学者は「自然現象と人間の良心の存在」に、神の存在を肯定する理性的理解を表明していますが、生きて力になるのは、ありのままにそれを受け入れる信仰です。神の存在を語っている聖書の教えを受け入ることが信仰です。その信仰に基づいてこそ科学の力では得られない平穏な人生の喜びに与ることが可能です。その喜びに与るために「主の祈り」による反省、自己理解が求められているのです。

 

「主の祈り」

天にまします我らの父よ、

ねがわくはみ名をあがめさせたまえ。

み国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく

地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を、

今日も与えたまえ。

我らに罪をおかす者を

我らがゆるすごとく、

我らの罪をもゆるしたまえ。

我らをこころみにあわせず、

悪より救い出(いだ)したまえ。

国とちからと栄えとは

限りなくなんじのものなればなり。

アーメン。

(1880年訳)

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