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2023年3月26日

わたしの教会ストーリー 012 大井勝幾さん 「わたしは弱い時にこそ強い」

💒わたしの教会ストーリー 012 大井勝幾(おおいかついく)さん
「わたしは弱い時にこそ強い」

【写真①パラグライダーで飛行する大井さん】

私は、風が不安定な2018年初夏のある日、モーターパラグライダーで離陸後10m程の高さから失速して、きれいに花咲くマリーゴールドの花畑に落ちました。既に30年のキャリアがあったのですが、判断ミスでした。

救急車で病院に運ばれ、集中治療室に妻が来るまでの数時間はとても長く感じました。重傷を負いましたが、およそ一か月で松葉杖を使えば一人で歩けるようになり、退院の運びとなりました。その後、リハビリの成果もあり、今では何不自由なく生活できています。落下した僅か数メートル先はコンクリートの道路で、そこに落ちたら、もっと大変な怪我をしていたかもしれません。

実のところ落下事故はこれが初めてではなく、3度目で、1度目は高度も150mからでしたが、ビニールハウスのパイプに助けられ、2度目は高度10mくらいでしたが、硬い磯の上に背中から落ち、背負っているエンジン等の機材がクッションになり、不思議なことに、2度目も無傷でした。以上が私の事故紹介です。もとい、自己紹介です。私はいつも何かに守られている気がします。勿論、守って頂いている神と向き合うことが、バプテスマ(洗礼式)を受けたきっかけの一つではありますが、事故により自分の意識に変化があったわけではありません。

【写真②空の上から】

「バプテスマを受けたら何かが急に変化するわけではありません」と聞いていました。確かにそうだろうなと考えていましたが、「門をたたけば開かれる」とあるように、今は扉が開かれたように感じています。2020年2月2日、妻と共に関東学院教会追浜チャペルにて信仰告白をして、バプテスマをうけました。物事はよく登山に喩えられます。人の数だけバプテスマへの登山口はあるのだと思いますが、妻と一緒に登ったのは9合目辺りからかと思います。

思いを辿ってみると、幼少の頃から自らがこの世界に生きていることが不思議だなあと感じたり、「神様って、いるのかなあ」と考えていました。でもそれは「UFOって存在するのかなあ」と同レベルの思いだったかもしれません。26歳で神奈川県の社会科教員として採用され、世界史や日本史を担当し始めた時も、どうも宗教は理解できず、勿論イエス・キリストという名前くらいは知っていても教科書に記載されている以上のことには授業で触れることはできませんでした。

しかし、同僚から勧められた「あるヨギの自叙伝」というインドの聖者と言われる人が書いた本を読むと、幼少から持っていた「宇宙」や「神」「命」に対する疑問が解かれていきました。「ヨギ」とはヨガをする人という意味で、その筆者は1920年頃アメリカに渡り、新聞に「インドの聖者がキリスト教の精神を携えてやって来た。」と称賛され、そのヨガの手法は現在も世界各地に広まっています。私自身も短期間ロサンゼルスに行き、その技法を学びました。ところが、その関係の本を何冊も読み進めると、不思議にキリスト教への関心が深まり、新約聖書に親しむようになっていきました。ヨガとキリスト教に接点があるの ? と思われるでしょうが、私には、その道が提示されたのだと思います。しかし、その頃の私にとって、福音書の関心は主イエスの教えもさることながら、水をワインに変えたり、水面を歩いたり、死者を復活させたりと奇跡が中心でした。また、福音書を読んでいるとただそれだけで2000年前のイスラエルを主イエス様と一緒に旅している様で良い心地にもなりました。そのようなレベルのものでした。

これも導きと思いますが、2017年頃、妻の友人ニータ・ブライアンさんが関東学院の英語教師兼宣教師としてアメリカよりやって来て、彼女のキリスト教を学ぶ会(彼女はC-Bridge-Clubと言っていました)に週一度通わせていただき、キリスト教への理解を深めていきました。

【写真③大井さんのお義母さまから琴の稽古を受けているニータさん】

【写真④⑤ニータ・ブライアンさん。アメリカのバプテスト教会(ABC)からの宣教師として、2017年7月~2019年3月まで関東学院で働かれました。キャンパス内の宣教師館を開放してC-Bridge-Clubを開催し、学生や教職員に福音を伝えてくださいました。当教会の夕礼拝でも数回、メッセージ奉仕をしてくださいました!】

 

また、2019年5月に職場の友人が癌になりホスピスに入っているときも、かけたい言葉がなかなかかけられず、クリスチャンであれば違った形で心の支えとなれるのだろうと、バプテスマを受ける気持ちが高まりました。

そのようなわけで、ニータさんが帰国して間もなく、2020年2月に妻とは経路が違いますが、髙橋彰牧師はじめ兄弟・姉妹の皆さまのご指導とご助力で妻と一緒に関東学院教会追浜チャペルで信仰告白をしてバプテスマを受けることができました。

バプテスマを受けてからも、知人や友人の死に直面しましたが、やはり後になって後悔することが多くあります。「なんで、直前に上手く言葉をかけられなかったのか。」「なんで、気づいてあげられなかったのか。」ということばかりです。しかし、バプテスマを受けてから「これは神様からの恵みだ」と感じることが多くあります。それは家族や職場、地域の仕事に至るまで多様です。地域関係では県で3件しか該当しない支援も受けることができました。また、追い詰められて食事も喉に入らないような時も、イエス様を通して自然な形で良い方向に導かれたり、大切な会議にはイエス様が傍にいて、代わりに話を進めてくれているような感じさえありました。

新約聖書のコリントの信徒への手紙二12章10節でパウロが言っている言葉ですが、「わたしは弱いときにこそ強い」という言葉があります。理解し難い言葉だと思っていましたが、今は「大変な時ほど、イエス様がそばにいて助けてくれる」という意味だと解釈しています。つい先日も、ある団体で大きな仕事をする機会がありました。不安な言葉を漏らす仲間がいましたが、「大丈夫、必ず上手くいくから、安心して当日を迎えましょう。」と声をかけることができました。「信じることは何より強い」と思います。しかし、最期の時までその精神を曲げずに生きることは大変なことで、それが、「自分の十字架を背負って歩く」ということかと自分なりに解釈しています。不安なことはしばしばありますが、今日も信じて歩んでいきます。「大丈夫、上手くいく。」「門をたたきなさい、そうすれば、開かれる」(マタイによる福音書7章7節)の言葉通りバプテスマを受け、何か開かれた感じがします。あるじはノックする貴方を待って、すでにドアノブに手をかけているのかも知れません。

【写真⑥大井さんが営まれている畑で、毎年、教会学校の芋掘り体験をさせていただいています。】

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