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2021年10月29日
大学チャペルでの主日礼拝再開を感謝して ~神は愛なり~

10月31日から、関東学院教会の主日礼拝と教会学校礼拝を大学チャペルで再開いたします。コロナ危機で、学内施設の使用に制限がありましたが、少し落ち着き、再開できますことを感謝します。感染防止対策に努めて、礼拝を行います。どうぞご参加ください。あなたの来会を歓迎いたします。
関東学院教会は今年創立75周年を迎えました。1946年2月10日、敗戦後、関東学院が教育を再開させるために、学院関係者が尽力して県やGHQと折衝し、今の六浦校地(金沢八景キャンパス)を借りうけて行うことができるようになりました。新年度からの学校教育が本格的に開始される直前に、敷地内の校舎で、教職員を中心にして関東学院教会が設立され礼拝が開始されました。以来75年、関東学院の歩みと共に関東学院教会は礼拝を続け、学院の方がたのために祈り続けています。
大学チャペルでの再会を感謝して記念し、大学チャペル献堂の時期に学院長をつとめておられたアメリカバプテスト教会からの宣教師B.L.ヒンチマン先生を紹介します。ヒンチマン先生は、六浦校地を購入取得するために尽力された方でもあります。9月30日に六浦中高の朝の礼拝でお話したメッセージを転載します。
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「わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。こうして、愛がわたしたちの内に全うされているので、裁きの日に確信を持つことができます。この世でわたしたちも、イエスのようであるからです。愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛が全うされていないからです。
(新約 ヨハネの手紙一4章16-18節 聖書 新共同訳)
おはようございます。
来週の水曜日、10月6日が関東学院の創立記念日です。わたしも毎年この時期になるといつも思い出し、大事にしたいと思っていることをみなさんにもお話します。みなさんもお聞きになったことがある話かもしれませんが、どうかまた聞いてほしいです。
わたしは高校から関東学院(三春台)に入学しました。その1年生の秋、新しい学院長になられた方が高校の朝のチャペル礼拝にお話に来られました。アメリカ人でヒンチマンと言う方でした。何を聞いたかお話は覚えていないのですが、私は自分の学校は院長がアメリカ人なのか!?テレビドラマみたいだなと印象深く記憶に残りました。ヒンチマン先生自身も「もう今の時代に、アメリカの宣教師が院長とか校長と言うのは合わないのでは?」と辞退されようとしたそうですが、周りの人びとが「ぜひ院長になってください」と推薦したのだそうです。日本語がとても流暢で、優しいお心を持った先生でした。ヒンチマン先生の紹介を通して、今日の聖書の箇所とこの学校のことを一緒に考えたいと思います。

B.L.ヒンチマン 1921-2001
アメリカ人はみなクリスチャンだと思ったら間違いです。ヒンチマン先生も高校3年生の時にキリスト教の教えに触れて感動し、クリスチャンになったのだそうです。そしてご家族も後から信仰に導かれたのだそうです。
ヒンチマン先生が大学二年生の時に日本とアメリカの戦争が始まりました。先生は熟慮されて「良心的兵役拒否」を申し出られたそうです。平和を求めるために、兵士として働くことはできないと断ったのです。「アメリカにはあなたのような考え方をする人も大切です」とその申し出が受け入れられたそうです。ヒンチマン先生はドイツのルーツをもつアメリカ人でしたので、兵役拒否も含めて、近所の人びとの中には非難をしたり敵国ドイツのスパイだと言いふらす人もいたそうです。
のちに先生は献身して牧師の道を歩むことになりました。宣教師になり、日本に遣わされることになったのです。敵として戦った国、先生ご自身も親しい友人も戦争で失くしていました。しかし敵として戦ってしまった両国の人びとの和解と平和のための架け橋となることを志して、1949年、ネイディーン夫人と共に船で来日されました。戦争が終わってからまだ4年しか経っていない時期でした。
翌1950年に、27歳で宣教師主事に就任されます。主事として最初にした大きな働きの一つは、わたしたちが今学んでいる六浦校地を購入するために、アメリカンバプテストの本部と交渉して支援を受けることでした。熱心な説得の結果、1950年、51年の「ジャパン オポチュニティ プログラム」という日本支援の計画の第一番目の項目に六浦校地取得支援を掲げることに成功しました。そうしてアメリカのバプテスト教会から多くの献金が集められて送られました。この場所で日本の将来を担う人びとに神の愛を土台にした教育がなされるために、世界の人びとと平和と和解の働きをなす人を生み出すために、と。六浦校地は大きな支援によって関東学院の敷地として取得することができました。この六浦校地は、平和と和解を切に願う人びとの祈りと、愛が具体的な形となった場所なのです。ですからこの場所で学ぶ皆さんには「愛」と「奉仕」を土台にして、人と人の「和解」と「平和」のために力を尽くして活躍するびとになってほしいと願います。
ヒンチマン先生はその後神戸を中心に関西で伝道され、神戸に西岡本キリスト教会を設立されました。奇しくも、わたしが2001年に伝道者として最初に遣わされた教会がこの教会でした。その年の秋にヒンチマン先生は天に召されました。西岡本キリスト教会の人びとからもヒンチマン先生の話をたくさんお聞きしました。敵として戦ってしまった相手の国に、神の愛を信頼して踏み出して来られ、神の愛を心から信じて伝え、多くの人びとと愛のつながりを作り、兄弟姉妹のような関係を結ばれたヒンチマン先生。
1980年、ヒンチマン先生は神戸を離れて(その時、神戸の教会の後任牧師になられたのが現在の学院長である松田和憲先生です)、東京での開拓伝道をされ東京平和教会を設立しました。そして1988年、ヒンチマン先生は関東学院の院長に就任されました。ちょうどその時期に建てられたのが今の大学チャペルです。大学チャペルの入口の扉の上には、「神は愛です」という言葉がギリシア語で刻まれています。ヒンチマン先生が繰り返し語られ、大事にされていた聖書の言葉です。

わたしは神戸の西岡本キリスト教会で12年間働いた後、横浜に戻り、今は大学チャペルで毎週礼拝をしている関東学院教会の牧師として働いています。ヒンチマン先生の日本での愛の働きを追いかけてたどるように、キリスト教の福音を伝える牧師として、また関東学院で聖書を教える働きをさせていただいていることを感謝しています。ヒンチマン先生は院長を務められた後、引退して帰国されましたので、わたしはヒンチマン先生と個人的なつながりは持てませんでしたが、多くの人びとから先生のお話を聞いて、尊敬の思いを以ていますし、わたしの信仰を間接的に支え導いてくださっている方がたの一人だと思って、親しみを感じています。神さまの不思議な導きを感じます。
「愛に基づいて生きないとしたら、その人の生涯は無意味な活動にすぎません。わたしたちは互いに愛し合い、喜んで他の人たちに仕えるとき、真の人間になるのです。」
(B.L.ヒンチマン著「神は愛なり」より)
「愛」することは、イエスが最も大切な掟だと言われたことでもあり、聖書の最も中心的な教えです。これは、観念的な思想、心の持ち方、考え方だけではなくて、実践するということを、キリスト教会では大切にされてきました。神が人間イエスとなってこの世に来られ、人びとを具体的に愛され、恐れや隔たりを超えて人びとに具体的に関わり、奉仕してくださった。そのイエスを知り、イエスと出会って、自分も神に愛されていると信じた人びとがまた隣人を愛し奉仕して「神は愛です」という言葉が本当だと、身をもって伝えてきました。
わたしもヒンチマン先生を思い出すたびに、神の愛に信頼し、その愛に押し出されるようにして隣人と兄弟姉妹の関係になろうとする生き方が、無意味でも虚しくもなく、わたしたちが最も人間らしく生きられ、恐れや不安から解き放たれて自由に生きられる道なのだと思わされます。
関東学院で学ばれる皆さんには、そして他の多くの方がたにも、ぜひこの話を聞いてもらい、この貴重な場所で学ぶこと、礼拝することを喜びとしてほしいと思います。そして神の愛を土台にして、平和と和解の祈りに後押しされて良い学びをされ、この場所から世界に向けて、人びとと出会い関わることを恐れず、愛と平和のために奉仕する働きをする人となってほしいと願っています。
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このメッセージの内容を、関東学院六浦中高のホームページで黒畑校長先生が紹介してくださいました。よろしければ、そちらもご覧ください。
https://www.kgm.ed.jp/archives/16050.html











