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2021年7月3日
わたしの教会ストーリー 002 大井法子さん インタビュー

【写真】大井法子さん 1962年4月22日(日)イースター礼拝での信仰告白式
「わたしの教会ストーリー」第2回は、昨年関東学院教会に転入会された、大井法子(おおいのりこ)さんにお話をうかがいました。
髙橋彰牧師(以下、髙橋):新たに教会員になられた方がたには「ようこそ、わたしたちの教会へ!」とご挨拶するのですが、大井法子さんは1962年のイースターに関東学院教会でバプテスマ(洗礼)を受けられているのですよね。信仰生活をスタートしたのはこの教会なのですね。
大井法子さん(以下、大井):そうなんです。わたしは群馬県前橋市の出身で、関東学院女子短期大学への進学を機に横浜にまいりました。当時、ルツ寮という名の女子寮が大学の敷地内にあってそこに入寮したのですが、入寮条件に「日曜日には教会の礼拝に出席すること」とあって。それが関東学院教会との出会いになりました。

【写真】1962年4月22日のイースター礼拝でバプテスマ式を終えた後。写真の下には英語でI’m a Christian, very very happy. と書かれています。写真上部には、
One who have been baptized into Christ Jesus was baptized into his death. We were buried together with him by baptism into death, so that as Christ was raised from the dead by the glory of the Father, we too might walk in newness of life. (ローマ6:4)
と、聖句も英語で書かれています。このアルバムを綴られた当時の喜びがあふれ出てくるのを感じます。
髙橋:当時の関東学院教会は青年会がとても活発で、みなさんとても仲がよかったそうですね?
大井:ええ。日曜日の午前の礼拝のあと、午後はみんなで小学校のグラウンドへ行ってソフトボールをしたり、近くの平潟の海岸に行ったり。それまでキリスト教に触れたことがなかったのですが、青年たちの活き活きとした雰囲気に惹かれ、気づいたら教会のみんなと過ごす日曜日が生活の一部になっていました。

髙橋:青年会で出会った大井人(おおいじん)さん(※1)と、1965年にご結婚をされたのですよね。
大井:はい。その当時、大学に神学部がありまして、夫はその学生でした。当時の関東学院教会牧師の下田哲(しもだてつ)先生(※2)も青年たちをとてもかわいがってくださって、日曜の午後、遊び疲れたわたしたちをよくご自宅に招いて夕飯をふるまってくださいました。静恵夫人には大変感謝しています。現在の室の木キャンパスの校舎がある所に、昔は教職員住宅があったのです。プロ野球のシーズンになると、テレビ中継を見ながら下田先生と夫はそれはもう熱くなって喧々諤々。下田先生は大の阪神ファン、夫は大の巨人ファンでしたから、巨人vs阪神戦の時はたいへんでした。わたしたちもTVの前でやんやと応援したんですよ。

【写真】関東学院教会30周年記念誌より。左より、下田哲師、中居京師、大井人師、加納政弘師
※1 大井人牧師 (1939.3.4-2005.11.7) 関東学院大学神学部を卒業され、1964.4.1より同盟教師として、関東学院教会で伝道師としてお働きくださった(1964-1968年度)後、尚絅学院中高、関東学院六浦中高、聖路教会、金沢文庫教会で奉職されました。久里浜霊園にある関東学院教会墓地に埋骨されています。
※2 下田哲牧師 (1927.9.7-2009.5.3) 関東学院大学基督教研究所を卒業され、1956.4.1-1993.3.31同盟教師として、関東学院教会(1956-1966年度、1959.6.24受按。)でお働きくださった後、関東学院女子短期大学教授、宗教主任、学長としても奉職されました。
髙橋:それはそれは!
大井:それから、笹田洋子さんともまた一緒の教会で礼拝できるようになって嬉しいです。同級生で、彼女も青年会のメンバーで、わたしが夫の赴任に伴って横浜を離れてからも、当時の青年たちはずっと連絡を取り合って同窓会をしたりして、今も気持ちは当時のままです。夫の神学部の同級だった山本富二牧師と夫人の絢子さんとも長いお付き合いで、4人でとても親しくしていました。
髙橋:共に神学部で学ばれた同期のお二人が、大井人先生は仙台の尚絅学院(しょうけいがくいん)へ、山本先生は姫路の日ノ本学園(ひのもとがくえん)へと赴任され、バプテストの学校でキリスト教教育を担われたのですね。ところで、法子さんは関東学院短期大学を卒業してからは就職を?
大井:はい。いったんは会社に勤めましたが、関東学院大学にチャプレン室ができて、そこの事務職員として働かないかと声を掛けられ、再び学院に戻ることになりました。その仕事の中に、学生を対象とした平日のチャペル礼拝の先生方の説教を当時の録音機に録音して、それを文字に起こして冊子にする、というのがありまして。それが何冊にもなったんですよ。

髙橋:それは大変な作業でしたね。それはもう残っていないのでしょうか? 読めるものならぜひ拝読したいです。
大井:大島良雄先生とご一緒にお仕事ができたことは懐かしくも貴重な想い出です。神さまが周囲の方がたや仕事を通してわたしの信仰を養ってくださったのだと思います。
髙橋:大島先生は大学宗教主任としてお働きになられ、関東学院教会員のお一人でもあり、今日までずっとわたしたちを教え導いてくださっています。大井人(おおいじん)先生は仙台の尚絅学院の中高で10年勤められたあと、再び横浜に戻られたのですよね?
大井:はい。関東学院六浦中高の聖書科教員、宗教主任として働くことになりまして、家族で横浜に戻ってきました。3人の子どもに恵まれ、生徒たちの指導で超多忙な夫と5人でにぎやかな毎日でした。毎晩夕食の前には子どもたちが食前の感謝の歌とお祈りを大きな声で(ご近所に響き渡っていたようです)していたのも、今となっては懐かしい想い出です。
髙橋:学校で教えられ、聖路教会でも牧会をされて。多くの生徒たちや保護者の方がたが影響を受けられ、教会に導かれて、キリスト者になった人たちもいました。わたしと同年代の友人たちも何人もいます。
大井:横浜に戻ってきてから、夫は学校と同時に教会での働きをし、学校を退職してからは金沢文庫キリスト教会で伝道の働きをし、わたしも夫と共に教会生活をしてきましたが、2005年に夫が召天した時に、関東学院教会の教会墓地に納骨させていただきました。
髙橋:息子さんがたも毎年、久里浜霊園の関東学院教会墓地で行う墓前礼拝に、法子さんとご一緒に出席をしてくださっていますね。
大井:はい。何より息子たちが交代で家族と墓前礼拝に出席してくれることは嬉しいですね。夫とわたしの信仰を理解してくれているのか、大切に思ってくれているとしたら夫も喜んでいるだろうなと思います。年に一度の墓前礼拝には出席させてもらっていましたが、昨年、若い日に信仰が育まれた関東学院教会に戻ってまた教会生活をしようと決心しました。教会の皆さまがあたたかく迎えてくださったこと、深く感謝しています。
髙橋:学生時代にこの教会で神さまと出会われた法子さんが、人先生やお子さんがたと歩んで来られた時間、また信仰を通して出会われた方がたとの交わりの中に、いつも神さまが共にいてくださったのだなと思います。ありがとうございました。これから、ぜひ共に信仰生活を歩んでまいりましょう。どうぞよろしくお願いいたします。
(2021年6月 追浜チャペルにて インタビュー、編集:髙橋彰、古庄祥子)











